もしお金が無限にあって、すでに世界中を旅していて、
何の不安もなく、自分のしていることが
特に誰の評価の対象でなかったとしたら、
私は何をするだろうか――
これは「考えすぎない練習」という本からの引用です。
(2026年1月現在、Kindle Unlimited で読むことができます)
「考えること = 気分を落ち込ませること」
ちょっと前、私はスランプに落ち込んでいて……これはまずい!と手に取った一冊がこの「考えすぎない練習」でした。
スランプの時期……人によりけりかもしれないですが、私は「とにかく考え込んでしまう」タイプです。
そして「とにかく考え込んでしまう」ことの問題に、気づけなくなってしまいます。
簡単にまとめましょう。
考えすぎることの問題:
- 気分が落ち込む:「考えすぎない練習」では「考えることをやめた瞬間に幸せが始まる」と語られています。
- 高められる精度や意義には限界がある:たとえ考えて辿り着ける境地があったとしても、考えることで疲れた状態では行動する余力がなくなります。
とはいえ、世の中は選択や考えることを突きつけてきます。
学生なら進学先や就職先、社会人なら転職や今後のこと……。
「そんなときはどうすれば良いの?」が次に来ますよね。
この場合に行えることは、
「とりあえず、行く先にざっくりと目印をつけて、そこに向けて動いてみる」
ことでしょうか。
先に書いたとおり「考えること = 気分を落ち込ませること」です(詳しくは「考えすぎない練習」を手に取ってみてください)。
ですので、「考えすぎることで自身の燃料を浪費するのは避ける」こと。
そして、さらにその次に来るのは、こんな悩みかもしれません。
「とは言っても……。その『行く先』が見つからないんだよ、その『道筋』が見つからないんだよ」
この点が、今回の私の落とし穴でもありました。
でもこれもやはり「考えすぎない」ことが大事になってきます。
燃料を浪費しないで、「考えすぎる前の気持ち」に戻る必要があります。
「考えないこと = 期待に胸を躍らせること」
表題のとおり、
「考えること = 気分を落ち込ませること」
ならば、
「考えないこと = 期待に胸を躍らせること」
と言って良いと思います。
(ここで言う「考えない」とは、不安を増幅させる思考のループから、一度降りることです)
いまは「目下の壁」に苦しんでいたとしても、その前には「いまに至る気持ち」があったことと思います。
人によって経験はさまざまだと思いますが、例を挙げるならば:
- ワクワクした:自分の世界を考えるのが楽しかった。
- お話をした:相手が心底笑ってくれた。
- 料理を作った:おいしいと喜ばれた。
- 良い成績を取れた:周囲の見る目が変わった。
「目下の壁」は手強いかもしれない……。当分突破できないかもしれない。
でも、「いまに至る気持ち」を振り返って、それが楽しかったのなら……もう一度その気持ちを大事にする。行動する。
それは、あくまでも例ではありますが:
- ワクワクした:自分の世界を考えるのが楽しかった。
- お話をした:相手が心底笑ってくれた。
- 料理を作った:おいしいと喜ばれた。
- 良い成績を取れた:周囲の見る目が変わった。
根っこを辿るのならば、こうしたプリミティブに帰着するのではないかな、と思います。
また、もしかすると、今と違うやり方、壁を迂回するやり方、に気づくこともあるかもしれません。
そして、今できることの行動の繰り返しが地力に繋がるのだし、自信にもつながるのだとも思います。
「コツコツ」とは、意志の強さではなく、気分が落ちていない状態を保ち続けることなのかと思います。
今できることを一つずつ積み重ねる、それが結果的に「コツコツ」になっている――
今はそう感じています。
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